超放射相転移を示す物理系の探索

Top Page - 研究の解説・科学誌記事・博士論文

筆者馬場基彰
執筆日2018年2月15日
その他の版PDF版

これは光科学技術研究振興財団が主催する平成29年度研究助成金贈呈・研究表彰式(2018年2月28日,ホテルクラウンパレス浜松)における記念講演の抄録である.超放射相転移について,研究者でない一般の方々にも分かるようにと依頼され執筆した.

概要

光が物質によって屈折や反射するのと同じ原理に基づいて,ある温度を下回ると.光を構成する電場や磁場がどこからともなく現れたりする.この現象は超放射相転移と呼ばれ,40年以上前に提唱されたが,いまだ観測されたことのない幻の現象である.本研究では,超伝導物質で構成された回路であれば,超放射相転移の類似物を人工的に起こせることを理論的に発見した.本研究を推進していくことで,将来的に,熱から光への画期的なエネルギー変換技術などの開発を目指している.

物質による光の放出と吸収そして屈折と反射

電磁波とは,秒速30万キロメートルで伝搬する電場と磁場の波の総称である.我々が目にする光だけでなく,電波やエックス線もまた電磁波の一種であり,ただ振動数(周波数)が違うだけで,全て同じ物理の法則に従っている.例えば,コイルに電流を流すと磁場が発生することは,アンペールの法則として知られている.図1のように,中央のコイルにて電流の向きを交互に変えれば(振動させれば),発生する磁場もまた振動し,それと共に電磁波(電波)を放出する.これは物質が電磁場に影響を及ぼした(物質の電磁場への作用)と捉えることができる.一方,コイルに磁石などを近づけると電流が流れることは,ファラデーの法則として知られている.図1の右のコイルのように,磁石の代わりに,電磁波の磁場を感じても電流が生じる.発生したその電流のエネルギー分だけ,コイルは電磁波のエネルギーを吸収する(言い換えれば,アンテナの役割を果たす).これは電磁波の放出とは逆に,電磁波が物質に影響を及ぼした(電磁波の物質への作用)と捉えることができる.

Figure 1
図1:コイルに流す電流の向きを交互に変えると電磁波を放出する.コイルはまた電磁波を吸収して電流を流す.

物質の電磁場への作用(電磁波の放出)と電磁波の物質への作用(電磁波の吸収)は,様々な光技術の要素となる物理現象である.一方,電磁波と物質とが相互に作用し合えば,電磁波の屈折や反射が起こる.例えば,図2左のようにコイルを大きな空間に敷き詰めれば,電磁波は屈折し,また反射する.コイル集団の中を電磁波が伝搬する際,コイルによる電磁波の吸収と放出が交互に繰り返される.真空中を電磁波が伝搬するのに比べ,吸収から再放出までの間,コイルにエネルギーが留まる分,電磁波の伝搬速度は遅くなる(波長が短くなる).つまり,屈折率が大きくなり,コイルがある空間とない空間との界面で電磁波の屈折と反射が起こる.ガラスやダイヤモンドで光が屈折するのも基本的には同じ原理であり,その場合は,原子中の電子がコイルの役割を果たす.電磁波の屈折と反射(電磁波と物質の相互作用)もまた,レンズや光ファイバなどに使われるなど,光技術の要素となる物理現象の1つである.

超放射相転移とその仕組み

さて,先ほど考えた大きな空間に敷き詰めたコイルの集団に対して,電磁波を全く照射しない場合,勝手に電流が流れたり,電磁場が発生したりするだろうか?コイルの温度が十分高ければ,コイル内の電子が熱によって乱雑に動き回る.この電子の運動は図2中のようにコイルに乱雑な電流を生み出し,それと同時に電磁波を放出する.これは熱輻射(黒体輻射,熱放射)と呼ばれ,白熱電球や太陽が光るのと同じ原理であるが,発生する電磁波もまたある種,乱雑なものである.このような乱雑な電磁波が高温では生じる一方,ある温度を境に低温では,図2右のように均一で一様な電磁場が発生する可能性がある.温度を下げることで図2中から右の状態に変化することが,超放射相転移である.

Figure 2
図2:(左)コイルを敷き詰めると電磁波は屈折し反射する.これはコイル集団が電磁波の吸収と再放出を繰り返すためである.(中)電磁波を照射しない場合,コイル中の電子の熱運動によって,乱雑な電流と磁場が生じ,乱雑な電磁波が放出される.(右)温度を下げると,全てのコイルで同じ向きに電流が流れ,均一な磁場が発生する可能性がある.(中)の乱雑な状態からこの状態への変化が,超放射相転移と呼ばれる.

相転移とは,例えば,大気圧下で水が0℃で氷になるように,温度によって物質の状態が変化する物理現象である.例えば,フェライト磁石はその外部に磁場を発生させるが,460℃より高温では磁石でなくなってしまうことが知られている.一方,超放射相転移は,氷や磁石などの物質(電磁波を屈折させる上記のコイルや電子など)だけでなく,電磁場まで含んだ相転移である.超放射相転移は,これまで多く知られている物質だけの相転移とは異なり,以下で説明する通り,電磁場と物質の相互作用を起源としている(磁石が示す相転移は,電磁場との相互作用よりは,物質そのものの内部に起源がある).

図2右のように,全てのコイルに同じ方向の電流が一斉に流れ,それによって発生する磁場がまた電流を誘起する.このように,電流と磁場とがお互いを支え合う,つまり相互に作用し合う.超放射相転移の起源は,電磁波の屈折や反射と同じく,この電磁場と物質との相互作用である.図3に大まかな概念図を示す.左側のエネルギーが大きければ乱雑な磁場と電流が生じ,逆に右側が大きければ超放射相転移が起きる.磁場と電流が発生することで,電磁場と物質は通常なら不安定になり(磁場と電流を生み出すのにエネルギーを要する),左側のエネルギーが大きくなる.しかしながら,磁場と電流とがお互いを支え合うことによって,右側のエネルギーも大きくなる(電磁場と物質の相互作用によってエネルギーを補う).前者の不安定エネルギーより,後者の安定化エネルギーの方が大きければ,磁場と電流が全くない状態より,それらが現れてお互いを支え合った方が安定となる.温度を下げれば,左側に属する熱によって電子や電磁場が乱雑になろうとするエネルギーが小さくなる.そして,ある温度を境に,右側のエネルギーが左側全体のそれを上回った時,超放射相転移が起きる.これが超放射相転移の基本的な仕組みである.

Figure 3
図3:超放射相転移を起こすための概念図.右側のエネルギーを左側より大きくすれば,超放射相転移が起こる.通常の物質で電磁場と物質の相互作用を強めても両方が大きくなるが,本研究で発見した回路では,右側だけを大きくすることができ,超放射相転移の類似物を起こせる.

どうやったら超放射相転移を起こせるか?

超放射相転移を起こすためには,上記の安定化エネルギーを大きくしなければいけない.安定化エネルギーは,電磁場と物質の相互作用を強くするほどに大きくなる(屈折率が高いほど大きい).超放射相転移のために,どのくらいの強さが必要かは既に分かっており,上記のコイルや電子による電磁波の吸収と再放出の繰り返し時間が,電磁波自体の振動の周期と同じぐらいでなければいけない.実のところ,それは非常に強いものであり,私の知る限り,自然に存在する物質の中で,それほど強い電磁場と物質の相互作用を示すものは存在しない.しかしながら,非常に強い相互作用を示す物質が,2009年頃から人工的に作成され始めており,超放射相転移のために必要な相互作用の強さが現在では達成されている[1].

しかしながら,この超放射相転移は,1973年にK. HeppとE. H. Liebによって提唱されて以降[2],研究が現在まで続いているものの,いまだ実験で観測されたことのない幻の相転移である.実のところ,電磁場と物質の相互作用をただ強くしただけでは,超放射相転移を実現することはできない.というのも,図3に示したとおり,通常の物質で相互作用を強くしても,安定化エネルギーだけでなく,磁場や電流を生み出すための不安定エネルギーもまた大きくなってしまうからである[3].このことは1975年にK. Rzążewskiらによって指摘された.また,1979年と1981年には,やはりK. Rzążewskiらによって,超放射相転移は現実には起こりえない(安定化エネルギーが不安定エネルギーを上回ることはない)という理論的な研究成果が報告された.しかしながら,超放射相転移の存在が完全に否定されたわけではなく,1973年の提唱から40年以上にわたり,これまで研究が続けられてきた.

Figure 4
図4:超放射相転移の類似物が起こる超伝導回路.×印はジョセフソン接合.相転移が起こると,永久電流が図のように右回りに,もしくは左回りに生じる.

このような中,私は共同研究者らと共に,超放射相転移を実現するための第一歩として,それに類似する相転移が起きる人工的な物質を提案し,確かに類似の相転移が起こることを理論的に証明した[4].その人工的な物質とは,超伝導物質から構成される回路である.図4に発見した回路図を示す.例えば,厚さ数十ナノメートルのアルミニウムの薄膜に,この回路を描き込み,アルミニウム自体の超伝導転移温度1.2ケルビン(マイナス272℃)よりも十分低い温度まで回路を冷やす(近年ではこのような実験が世界中で行われている).また,回路にはある強さの磁場を掛けておく.超放射相転移が何度で起きるかは設計が可能であり(マイナス272℃よりは十分低い必要があるが),その温度まで回路を冷やすと,回路に右回りもしくは左周りに電流が流れ始める.超伝導物質中なので抵抗を感じることなく,永久に流れ続ける電流である.一番左のインダクタに流れる電流が磁場に相当し,回路図の×印を流れる電流がコイルを流れる電流(物質中の電子の運動)に相当する.実際の磁場と電流の相転移ではなく,実のところ電流だけの相転移である.ただし,屈折率に相当するもの(実際には電磁波の共振器を形成したときに見られる共鳴振動数)の相転移付近での変化の振る舞いなどを解析した結果,1973年に提唱された超放射相転移と全く同じ変化を示すことを理論的に証明した.

超放射相転移を起こすと何が嬉しい?

超放射相転移は現実には起こりえないという考えが,これまで主流であった中で,単なる類似物を理論的に発見しただけとはいえ,世界初の発見であり,超放射相転移を今後発見もしくは人工的に実現していく上で,重要な一歩を踏み出せたと考えている.現在,この超伝導回路における相転移の観測を目指している.また,回路とは別に,磁石などの別の物質においても超放射相転移に類似する相転移の探索を行っている.このような研究を通じ,将来,実際の超放射相転移を観測することを目標としている.

超放射相転移やその類似物の観測に成功すれば,その次に目指すべきは,何かに応用するということである.超放射相転移の類い希な特徴の1つが,始めに述べた「物質による電磁波の放出と吸収」と「温度変化による相転移」とが全く同じ物質にて,全く同じ起源(電磁場と物質の相互作用)で起こるということである.もちろん,水も磁石も相転移を起こすし,電磁波を放出したり吸収したりする.しかし,それらの起源は基本的に異なるものであり,それらが相互に影響を及ぼし合うような物理現象は基礎研究すらまともに進んでいない.例えば,乱雑な熱輻射に比べて,レーザー発振は「均一な光」を放出する現象である.超放射相転移もまた「均一な電磁場」を形成する現象である.前者は振動する電磁場なのに対し,後者は振動しない.しかしながら,レーザー発振と超放射相転移には類似点が多々あり(レーザー発振は昔から一種の相転移であると言われたりする),実際,超放射相転移する物質では,レーザー発振もまた起こすことができる.

今後,レーザー発振と超放射相転移の詳細な比較や移り変わりについても研究していく予定である.そのような研究を進めることで,「熱」と「光(電磁波)」とがお互いに影響を及ぼし合うような物理現象を新たに発見できる可能性がある.また,実際の物質が超伝導物質や磁石であれば,「電流」や「磁性(磁石としての性質)」まで絡んだ物理現象が見つかるかもしれない.そのような熱と光と物質とが絡み合った物理現象を研究していくことで,例えば,熱から光や電気を創り出すための革新的な技術を開発できるかもしれない.そのような可能性を感じつつ,私は超放射相転移の研究を進めている.

謝辞

本研究は,猪股邦宏氏と中村泰信氏との共同研究であり,様々な研究助成からの支援の下で果たされた成果である.この場を借りて感謝申し上げる.

参考文献

  1. F. Yoshihara, T. Fuse, S. Ashhab, K. Kakuyanagi, S. Saito, and K. Semba, "Superconducting qubit-oscillator circuit beyond the ultrastrong-coupling regime," Nat. Phys. 13, 44 (2017).
  2. K. Hepp and E. H. Lieb, "On the superradiant phase transition for molecules in a quantized radiation field: the Dicke maser model," Ann. Phys. (N. Y). 76, 360 (1973).
  3. K. Rzążewski, K. Wódkiewicz, and W. Żakowicz, "Phase Transitions, Two-Level Atoms, and the A2 Term," Phys. Rev. Lett. 35, 432 (1975).
  4. M. Bamba, K. Inomata, and Y. Nakamura, "Superradiant Phase Transition in a Superconducting Circuit in Thermal Equilibrium," Phys. Rev. Lett. 117, 173601 (2016).
  5. 日本語解説については,以下を参照のこと.
  6. 馬場基彰,「光と物質の超強結合は電磁場と電荷を相転移させるか?」,固体物理 52, 459 (2017年9月号).
  7. 馬場基彰,「光と物質の超強結合:光子を量子とみなせるか?」,パリティ 32, 35 (2017年11月号).